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煙草は崇高である 

欧米になると煙草も「崇高」にまで高められる…?
ジャン・コクトーの語る煙草の魔術、ボードレールの、ポール・ヴァレリーの…過去の詩人、文学などの豊富な例をもとに煙草を大真面目に哲学的に考察していて、それだけでこんな分厚い本が出来てしまうところが、逆にまた煙草の深さを感じさせたりします。

たとえば、「煙草は喫煙者の主体性を映し出す鏡というのは留まらない。それは指先に挟まれたひとつの物体=客体というばかりでなく、ひとつの主体、自らの身体と精神を備えた生物として考えられなければならない。煙草は詩であるばかりか、詩人でもあり…」
という具合。内容もそうだが、そもそも使ってる言葉の難しさが煙草を格調高いものに見せている。

煙草は崇高である 煙草は崇高である
リチャード クライン (1996/12)
太田出版

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