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煙草は崇高である 

欧米になると煙草も「崇高」にまで高められる…?
ジャン・コクトーの語る煙草の魔術、ボードレールの、ポール・ヴァレリーの…過去の詩人、文学などの豊富な例をもとに煙草を大真面目に哲学的に考察していて、それだけでこんな分厚い本が出来てしまうところが、逆にまた煙草の深さを感じさせたりします。

たとえば、「煙草は喫煙者の主体性を映し出す鏡というのは留まらない。それは指先に挟まれたひとつの物体=客体というばかりでなく、ひとつの主体、自らの身体と精神を備えた生物として考えられなければならない。煙草は詩であるばかりか、詩人でもあり…」
という具合。内容もそうだが、そもそも使ってる言葉の難しさが煙草を格調高いものに見せている。

煙草は崇高である 煙草は崇高である
リチャード クライン (1996/12)
太田出版

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イメージ、本物、意味。 

もうひとつ、今回のプロジェクトと微妙に関係があるかもしれない、アート作品を紹介します。1965年にアメリカのコスースというコンセプチュアルアーティストが発表した作品「one and three chairs」。タイトルどおり、一つであり同時に三つである椅子(イメージ/本物/意味)を並べただけのものですが、アートの歴史を紐解くと必ずといっていいほど出てきます。

kosuth

Joseph Kosuth, "one and three chairs", 1965

こんな素っ気ない作品の、どこが評価されたのか。
ひとつにはこの時代(60年代)に、それまでのいわゆる「芸術的」な、言い方を変えれば、「作家の美意識的丸出し」の作品に対して、コスースをはじめとするコンセプチュアルアリストたちがあえてそういう美しさを入れない、いわば「素っ気ない」作品をつくることで「No」と突きつけたことが挙げられるでしょう(ちなみにこの素っ気なさ=飾りっ気のなさは、コンセプチュアリスト/ミニマリストたちのトレードマークとなります)。

そして、この作品はただの椅子を絵や写真に「美しく」描くのではなく、単に実物と、その即物的な写真と、辞書の意味の3つを並べることによって、「表現することの意味」そのものを問うたわけです。ここら辺の、従来の概念の逆転に(西欧で価値があるとされる)アートの本質があります。
もちろん、この「美しくない」味気なさに好き嫌いはありますが…。とりあえず、現代アートのおさらいでした。
そろそろ一服します。

動物を使ったアート作品 

今回、僕はこのプロジェクトで本物のひとこぶラクダをギャラリーで展示して、それを見ながら煙草のCAMELを吸おうというわけですが、ギャラリーで動物を展示したのはもちろん、僕が最初ではありません。美術史からいくつか代表例を紹介してみます。

kounellis

生きた動物を展示したもので(おそらく最初のもの)有名なのは、1960年代後半、イタリアのヤニス・クーネリスが、本物の生きた馬をギャラリーに展示した作品(Horses, 1969)でしょう。この作品は当時のアート運動、「アート・ポヴェーラ」(Art povera それまでの金持ちによる金持ちのための絵画中心のアートに対抗して、貧乏人?による今までにないアートの形を提唱した運動)の流れで捉えられています。
当時の主流だった、静止した、いわば死んだものとしての絵画(実際、その中に馬が登場することは多い)の代わりに、生きた馬をそのまま展示したわけです。そりゃ、当時にすれば「?!?!?!」と、相当な驚きだったのでしょう。ちなみに写真で見る限りで、馬は8頭もいます。ヤニスは友人に牧場主でもいたのでしょうか…。

最近では、同じイタリアのアーティスト、マウリッツォ・カテランが1996年に発表した「The Ballad of Trotsky」(1996)が有名です。またしても馬ですが(ひょっとするとヤニスの現代版を意識もしていたのかもしれません)、こっちは死んでいます(剥製)。そして天井から吊り下げられています。

trotsky

ちなみに、この作品はベネチアビエンナーレなど各地で展示され、2004年のサザビーズのオークションで、2億円以上!の値をつけたと言われています。僕は実際に見たことはありませんが、そのオークションカタログには以下のようにあります。

「永久に宙に吊り下げられた馬、そこには何か恐ろしさと悲しさがあると同時に、エレガントでため息をもらすようなものがある。また、同時に(彼の他の作品と同様)完全に途方もなくバカげている。カテランはこの運搬用動物である馬のもつ強さと力を、人間の悲喜劇的状況を反映する無力さのイメージへと変換する。」

それにしても「途方もなくバカげている」ものに、なぜ2億円以上もの値段がつくのか…そこがアートという創造による価値の飛躍、錬金術の面白いところです。もちろん高値の原因は、M・カテランが今、トリックスター、道化、泥棒(実際、過去に他人の個展に夜侵入して作品を盗み、それを自分の作品として展示したこともある)と称される、現代アート界有数の売れっ子(アーティストランキングより)だということはありますが、彼の作品でも値がつかないものもあるので、それだけじゃない。ポイントはこの作品につけられたタイトル、「トロツキーのバラード」でしょう。そこから想像されるのは、ロシア革命前後に永続革命や世界革命を提唱し、最後は亡命先のメキシコでトンカチで頭を割られて暗殺された革命家、トロツキーです。カタログでは、以下のように勝手に深読みされています。

「タイトルはこうも伝える:普遍的ユートピアの無力と、人間のダークサイドによる、ロマンチックな理想主義の強奪の記念碑だということ。この作品は、トロツキーの死、さらには彼の理想の可能性の失敗と、私たちの人生の不完全性についての、悲しみなのです。」

このように、馬を剥製にして天井から吊り下げてタイトルをつけることによって、カテランはただの馬を、背後に複数の物語のレイヤーをもつ「記念碑」に仕立て上げたわけです(本人の意図がそこにあったかわかりませんが、結果としてはそう評価されている)。

イメージ X 文脈 X 知名度=2億円以上の価値を生んだ
(ちなみに、馬の剥製をつくっているのはもちろん専門業者なので、彼は実質この作品のアイデアを思いついて発注をしただけ)。

アートというと、手作業で何かをつくるのをイメージしがちですが、僕はイメージと(そこに貼りつく)意味のレイヤーのかけ算による従来価値の変換にこそ、現代アートの本質があると考えています。

insta

知名度レベルはまったく違えど、今回の僕のプロジェクトは単純に「ギャラリーに動物を展示する」という点ではこうした先達たちの系譜に連なるでしょう。でもそれでは「馬かラクダか」という違いしかありません(幸いかつてラクダをギャラリーに展示した例はまだ聞いていませんが。笑)。

このプロジェクトは、単なるラクダをギャラリー空間に置き、その前(路上禁煙法の施行された地域のギャラリー)で同名の煙草を吸うという体験を通して、消費社会におけるイメージとリアルの関係、広告とアートの関係、そして昨今の禁煙ブームにおける個人の自由についてなど、いくつかのレイヤーがかけ算されるところが面白さのポイントだと思っています。
ほんとうは、こういうことを自分で書くのは面映いけど、2つの先例について書き始めたら、自分のを書かずには締まらなくなってしまいました…。

ふうーっ、かなり長くなりました。
読んでくれた方、ありがとうございます。
そろそろ一服、いかがですか?





高い… 

ようやく会場も決まったので、
以前に下調べで見つけたラクダのレンタル先と話を進めるため、
改めてHPを見ると、予定していたヒトコブラクダの写真を発見…。
なんと、毛色が黒い…。やっぱりラクダと言えば、
CAMELでおなじみのラクダ色、というわけで、
慌てて他の業者さんに電話しまくる。

それにしても、高い…。

そこそこの有名人を講演に呼ぶよりも。
確かに、どこにでもいそうな僕なんかよりも、
ラクダの方が希少性が高いけど…
お金の価値って不思議。

本当は、ギャラリー界隈の不特定多数の会社員のための平日一日と、
他のエリアの人でも来れるように休日一日ということで、
9月初めの金、土、週末開催を予定していましたが、
予算的に、やはり一日だけの開催になりそうです。
(仕事終わりでも来れるように、遅めまで開けたいところ)

その場合に、金曜がいいのか?
それとも週の初めの月曜がいいのか?
あるいは思い切って土曜日か?
まだ思案中です。
みなさんは、どう思われますか?

会場決定! 

「Free CAMEL!」プロジェクトの会場が決定しました!
予定どおり、千代田区にある、

Gallery Surge(ギャラリー・サージ)
東京都千代田区岩本町2-7-13 渡辺ビル1F
JR神田駅から徒歩7分ほど歩いた場所にあります。
2-7-13 Iwamoto-cho, Chiyoda-ku Tokyo (7min. walk from JR Kanda station)
gallery home page

このプロジェクトで調べるまでは寡聞しして知らなかった場所ですが、ICAEE(国際現代美術交流実行委員会/NPO)の本拠地として、過去かなりの数の国内外の現代美術の展示をしているギャラリー。
先日ギャラリーの方に企画の持ち込みをし、はじめは驚かれたものの、趣旨を理解してもらい(ギャラリーディレクターが喫煙者だったことも幸い)、後は来週中に正確な希望日時を決定してこちらから伝えることになりました。

surge

立地的に、中小の会社のあるオフィス街であり、休日はやはり閑古鳥らしい。平日にやらないと周囲の不特定多数の人の来場は見込めない…。ラクダを借りる費用の関係からあまり長期は出来ない中、平日にやるべきか、週末にやるべきか悩んでいるのですが、今のところの理想としては9月初旬の金曜・土曜でやりたいと思っています。
あとは、ラクダの2日分のレンタル料金をどこまで下げられるか…今,聞いている定価料金では1日開催にせざるを得ないので、来週に交渉に行ってきます。

front

この中に、本物のラクダが鎮座する…!

oblique

外からガラスを通して見える室内、
この中に本物のひとこぶラクダが出演する予定です。
中は自由に誰でも入ってラクダを間近で鑑賞できるスペース、ガラスの外側(道路との間)のスペースに椅子やソファー、灰皿などを並べ、喫煙スペースにしたいと思います。






らくだ【駱駝】 

らくだ【駱駝】:1.ウシ目ラクダ科ラクダ属の哺乳類の総称。北アフリカからアラビアにいるヒトコブラクダと中央アジアから蒙古にいるフタコブラクダの二種。前者は頭胴長2.5メートルほど、後者はやや大きい。毛色はふつう黄褐色。砂漠での生活に適し、脚の裏は厚く柔らかく砂にのめりこむのを防ぎ、鼻孔は開閉できて砂が入り込まない。背に脂肪質のこぶがあり、養分を蓄えるほか、代謝水ともなる。運搬用・常用として飼養され、砂漠の旅行に重要な家畜。毛は織物の材料。なお、ラクダ科にはラマ・アルパカも含む。たくだ。駝馬。両峰駝(りようほうだ)。2. 毛織物・毛糸の一種。ラクダの毛から製したもの。灰褐色。[ーのシャツ] 3. 江戸時代、夫婦または男女が連れだって歩くこと。4. 江戸時代、炭、?燭などの下等品の称。

ー広辞苑

街中のラクダ 

先日、新橋を歩いていたらビルの入口にラクダ発見。
そこにある会社のトレードマークでした。
モザイク状によく出来ていて、いい感じです。
それだけで、この会社に親近感を感じてしまいます。

door



特定の動物が好き、という人によっていろいろあると思うのですが、
ラクダ好き、というのは亀好き、などに比べるとちょっと少ない…。亀は、「うさぎと亀」などの童話もあるくらい日本だけでなく、世界中で、「長寿」「遅い/スローライフ」などと関連づけられて親しまれているようです。
そんな亀に比べると、今ひとつマイナーな存在のラクダ。

以前にエジプトに行った時に、ピラミッドのそばでラクダに追いかけられたことがあります。そこでは観光客をラクダに乗せて写真を撮る事でお金をせびろうとするのですが、お金のないバックパッカーだった僕が断固として断り続けたので、業者がふざけてラクダに僕を追いかけさせたのでした。身長180以上ある僕よりも高い場所にラクダの顔があって、歯をがちがち言わせながら向かってくるのが、相当怖かったのを憶えています。でもふだんは静かな哲学者のように見えて、実は意外に怖く、凶暴にさえ見えるというギャップも好きな理由のひとつ。




NO SMOKING 

またまた注文していた煙草本が届く。
巨大な煙草ケースに入った写真集で、過去の映画スターや女優、作家、アーティストなどの煙草を吸う写真やポスター、煙草にまつわる言葉などが収めるられている。ジョン・レノン、ショーン・コネリー、ワォーホール、ピカソ、コクトー、ゴダール、ユマ・サーマンなどなど、豪華すぎる顔ぶれで、いちいち美しい。こんなにも美しく感じるのは、消えゆく習慣の記録だから?煙草という過去の遺物へのノスタルジー?ただ、煙草賛美者が編集している本なのに「NO SMOKING」というタイトルなのは、煙草バッシングがより激しいアメリカで出版するための方便だろうか。

No Smoking No Smoking
Luc Sante (2004/11/15)
Editions Assouline

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広告プロモーションか?アートか? 

最近は、仕事先でも人に会う度に、このプロジェクトの話をし始めました。一応、広告会社なので、突然こういう話をしてもそれほど珍しくはないのです。

まずは、直の上司に「今、個人的にこんなバカバカしいこと考えてるんです」と企画を報告。CDの観点から意見を聞いてみる。「…面白いと思うけど、おれとすればこの世から煙が無くなった方がいいんだけどなー」そりゃそうですよね、嫌煙家としては…笑。

また、別件で仕事をしているライブマーケティング担当の上司(喫煙者)に企画を見せてみる。すると面白がってくれた彼女「広告としてやるの?個人としてやるの?」と。広告の形が変わりつづけている今、死体とかエロとか差別が入ってないかぎり(この辺は日本では特に悪しき「自主規制」が多いが)<広告>にとりこめない表現など存在しない。だから、この企画も十分、CAMELのプロモーションとしても十分成立してしまうのです。ただし、ほとんど同じものであっても、それが発表される文脈ー業界によって当然、意味も変わってくる。もしこれが煙草会社によるプロモーションだとしたら、ただ単にインパクトを狙った新手の広告として「面白いね」で終わるかもしれないし、それがギャラリーで仮に「アート」として発表されるとすると、そこから受けとる意味も変わってくるはずだ。広告プロモーションか、アートか、その辺の境界の曖昧性を、見た人に考えてもらうのも、このプロジェクトの意図のひとつ。

そして僕はあくまで、このプロジェクトを「CAMEL」のプロモーションとしてではなく、個人として、僕の名前でやりたいと思っています。個人でやるからこそ面白いし、価値があるのではないかと。(もちろん結果的に「CAMEL」というブランドイメージにとってプラスに働くことは間違いないので、何かしら協力関係が結べればうれしいですが。)


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ジダン、頭突き、差別とレッドカード 

ジダンの頭突き、という思わぬ展開で幕を閉じたWカップ。
その後、彼がキレる原因となった暴言が何だったのか気になっていて、きっと人種差別ものか、親への侮辱ネタだろうとは思っていましたが、今のところイギリスの新聞では、

「アルジェリアのテロリスト!!!」

というものらしい。
もちろん、これを言われたからといって大事な現役最後の試合で相手に頭突きを食らわすのも幼稚といえば幼稚だけど、彼があの場で自分の最後の舞台を犠牲にしてまでもプライドを優先すると判断したのならば、それも彼の価値観。それより、もしもマツェラッティが本当にこういう言葉を言ったのだとしたら、頭突きを食らわす以上に卑劣だし許せない行為だと思う。

*ちなみにジダンは温厚そうに見えるが、チャンピオンズリーグでも頭突きで退場になったりと、今までにも試合中何度もキレているらしい。(そういえば僕自身、ジダンが98年Wカップでつまらない反則をしてレッドカードを食らったバカバカしさを記念して、赤いプラスチックにジダンの名前と反則を犯した時間を彫り込んだ作品をつくったことがあります。↓Untitled(red card), 2001。見たまま、単に、大きなレッドカードです。アートというもの自体、既存のルールを破るレッドカードそのものなのです。)

redcard


ここで話を強引に煙草に戻しますと、アメリカで最近よく聞く、喫煙者を採用しない会社とか、すべての公共空間を全面禁煙するとか…これらも健康を掲げてはいますが、形としては嫌煙者による喫煙者の差別と言えるでしょう。

煙草は文化である 

ウェブでプロジェクトの下調べ中に、日本発、No Smokingならぬ「Go Smoking」という喫煙者同盟のサイトを発見。トップのフラッシュアニメーションもセンスいいし、Go Smokingの自作TVCMや、官庁へ喫煙者の癌発生率データの信憑性を突撃電話インタビューしたり、Tシャツもつくったりと遊び心があって楽しい(リンクさせていただきました)。
中でも面白かったのが、10回以上にわたって書かれている筒井康隆のコラム。とりわけ、最後のコラムに書かれていた以下の文章に僕はググッときた。

「煙草は文化である。なくしてはならない貴重な文化である。これを守るために今、喫煙者たる自分に何ができるのかをわれわれは考えなければならない時期にきている」

いいこと言うなあ。これを読んで、僕の今回の企画実現へのボルテージが上がらなかったわけがない。とにかく、開催場所となるギャラリーは、ほぼ狙いを定めた。「路上禁煙法」で名高い千代田区にあるギャラリーでやる予定。大筋は出来ているが、あとは日時と具体的な内容をさらに詰めていきたい。まずは一服してと…。

小道具としての煙草 

コーヒー & シガレッツ (初回限定生産スペシャル・パッケージ版) コーヒー & シガレッツ (初回限定生産スペシャル・パッケージ版)
ロベルト・ベニーニ (2005/09/09)
角川エンタテインメント

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SMOKE SMOKE
ハーヴェイ・カイテル (2002/03/20)
ポニーキャニオン

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プロジェクトの下調べとしてネットで煙草事情について調べてみると、出てくる出てくる。喫煙・煙草人気blogランキングまで発見!(というわけで早速登録させていただきました。)

ほとんどが禁煙家・嫌煙家のものだけど、たまに見つける喫煙家のものには妙に親近感を憶えたりする。これは「COFFEE and CIGARETTS」を撮ったジャームッシュや、「SMOKE」のウェイ・ワォンに感じるものとも近い。お互いちょっと悪いことが好きな者同士の連帯感、共犯意識のようなもの(それにしても、二人とも日本よりよっぽど禁煙運動の激しいアメリカで撮っているのだからすごい)。

前者は、煙草とコーヒーを介して対話するいろんな人たちのオムニバスで、後者はハーヴェイ・カイテル扮する煙草屋を舞台に親子のつながりを描いたものだが(不覚にも僕はこの映画を見て泣きまくってしまった)共通するのは、どちらも煙草が人と人の関係をつなぐ大事な小道具として機能しているところ。ふとした沈黙を和らげる話のタネであり、お互いの駄目さ加減でつながる口実になったり…お互いの間にある煙が、ふたりの関係をより親密にしたり、時に険悪にしたりする。

ちなみにジャームッシュの「COFFEE AND CIGARETTS」の前作は、日本の武士道をテーマにした「GHOST DOG」だが、僕は秘かにジャームッシュがアメリカを「武士道」にはまった流れで「茶道」にはまったのではないかと思っている。「葉隠」の次は、「茶の本」であり、ジャームッシュは(消えゆく)アメリカ流の茶道として「COFFEE AND CIGARETTS」を撮ったのではないか?ってのは深読みのし過ぎか…(笑)。
どちらにせよ、2本とも煙草好きじゃなくても非常に楽しめる映画。僕としては、映画館で煙草を吸いながら観れたら最高だけど(そういえば、昔大阪の名画座で煙草を吸いながら「愛のコリーダ」を観たのを思い出す)。

最後の喫煙者たち 

プロジェクトの下調べ用に買った本が、毎日のようにアマゾンから届く。ボックスを開けても開けても「喫煙/非喫煙」関係(笑)。

まずは、筒井康隆氏による短編「最後の喫煙者」、ずーっと前に読んだのを再読。筒井氏本人と思われる売れっ子作家が、国家ぐるみの禁煙運動に差別され、迫害され、家まで焼き討ち!に遭った喫煙仲間と一緒に逃げるが、とうとう最後の一人となり…(意外な結末に)という禁煙運動がエスカレートした時代をスラプスティックに描いた作品。これが書かれたのは平成3年だが、今はこの話がより現実味を増しているのは間違いない。

最後の方のシーンで喫煙同士たちが集まり、「LUCKY STRIKE」の赤丸を旗印にした「煙草の神」を祀って禁煙陣営への勝利を祈願したり、苦境を見かねた煙草の神が「PEACE」の鳩だの、「GOLDEN BAT」の蝙蝠、「CAMEL」の駱駝!などを派遣してくるというくだりが、僕の今度のプロジェクトとシンクロしてるのて笑えた。

最後の喫煙者?自選ドタバタ傑作集〈1〉 最後の喫煙者?自選ドタバタ傑作集〈1〉
筒井 康隆 (2002/10)
新潮社

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筒井氏と並んで、昨今の国、いや世界全体での禁煙の強制に反対を唱える代表的なひとりらしい小谷野氏の呼びかけに、喫煙者ではない斉藤貴男らが参加して作られた本。タイトルどおり、嫌煙家に対して正々堂々戦うぞ!いつでも受けて立つ!という感じだが、ヒステリックにならずに、まともに議論のできる相手がいないと嘆く小谷野氏。真っ向から論戦をはるところを見てみたい!!負ける理由はない。

禁煙ファシズムと戦う 禁煙ファシズムと戦う
小谷野 敦、斎藤 貴男 他 (2005/09)
ベストセラーズ

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こちらも、昨今の急激な禁煙ブームに異議を唱えようという企画に、筒井康隆や、泉麻人、ダンカンほか、「Go smoking」の編集長などが集まった本。ほぼみんなに共通するのは「マナーを守って分煙しようよ」ということ。何も完全無煙にすることはないだろうと。ここにも収録されてる筒井康隆のエッセイ「紫服談」は、しぶとい喫煙家へのユーモアの効いたバイブルとなるだろう。
喫煙者のユーウツ?煙草をめぐる冒言 喫煙者のユーウツ?煙草をめぐる冒言
シガーライターズクラブ (2004/02)
TOKIMEKIパブリッシング

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僕が煙草をやめない理由 

僕は高校時代の終わり頃から約17年、らくだマークのCAMELを吸ってる(このブログのバナーにもらくだマーク)んですが、ここ最近の禁煙ブームで逆に、意地でもやめないつもりになっていたりします(笑)。最近では写真を撮られるときには、必ずあえて煙草を吸うようにしたり。このブログのPF写真もくわえ煙草。

なぜ煙草をやめないか?まず単純に言えば、好きだから。ラーメンや焼肉など脂っこいものを食べた後とか、朝起きてコーヒーとともに吸う一服は、何遍やっても最高においしいし、綺麗な風景を前にしての一服もいい。だから多少「煙草は健康に悪い」とか聞いてもそう簡単にはやめる気にはならない。これだけ長く吸っているのだから、きっとニコチン中毒ではあるのだろう。でも、中毒だから、やめられないのではない。好きだから、やめないのだ。もっとも最近では、ちょっと大げさだけど、煙草という個人の嗜好・自由を尊重する主義・信条としてどこか意地のようにもなっていて(笑)、それが今、僕がやめない最大の理由かもしれない。

何より僕が嫌いなのは、ここ数年アメリカを中心に急速に始まった禁煙運動の全体主義っぽさ。赤狩りならぬ、煙草狩り。ファシズム。煙草を嫌って分煙権を主張するのはもちろん非喫煙者の自由だし、当然の権利だけど、そのままの勢いで「無煙社会」とか「社会から煙草を閉め出せ!」というのは、一方的に喫煙者の権利を無視したもの。

「煙草は健康に悪い。百害あって一利なし!」
ともよく言うが、健康に悪いのはホントだけど「一利なし」というのはあくまで非喫煙者サイドから見た価値観。分煙やポイ捨てなどに気をつけ、他人に迷惑さえかけなければ(マナーさえ守れば)、あくまで喫煙は個人の趣味嗜好の問題であり、個人の自由のはずだ。そういうことに対して、国全体で規制しようとしたり、大勢の人で寄ってたかって口出ししようとするのが気に食わないのです…。
まずい、ついつい熱くなってしまったので、ここで一服。

ひとこぶ駱駝がギャラリーに出現!? 

insta


展示イメージを写真合成でつくってみました。
アートギャラリーに佇む、本物のひとこぶラクダ一頭。
いたってシンプルですが展示のメインはこれです。

*実際予定しているギャラリーの写真とは違います。
*ファサードがガラス張りで外からラクダが見える場所に。
*安全上、ラクダの周りに小さなフェンスなどを立てるかも。
*ちなみにギャラリー内は、非喫煙家を考慮して分煙にする予定
(ギャラリーの外、ガラスを挟んだ外側を喫煙スペースにする予定)

来場者はラクダを眺めるなり触るなり、自由に遊べます。
一緒に写真を撮ったりもできるようにすることも検討中(ポラロイド?デジカメ?)。いろんな人のラクダとの記念写真を会場に貼り出すかも。
くわえ煙草の僕とラクダのドアップのポートレートを並べて似ているか検証?

その他、会場内にはラクダ以外に以下のようなものも置いて、訪れた人が自由に使えるようにしようと計画中。
・喫煙/非喫煙をめぐる本・雑誌棚
・らくだをめぐる本・雑誌棚「月刊駱駝」
・灰皿、携帯灰皿

まだまだ未決定のものも多し。
これから煮詰めていきます。

→「Free CAMEL! プロジェクト」って?

What is Free CAMEL! project? (in English) 

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“Free CAMEL!” project is an art project, installation, to explore the gap between real/image, art/commercialism, smoker/non smoker by an artist who has been smoking CAMEL for over 17 years, loves & resembles camel.
Though it started from something like a partyjoke -two meanings of “free”- I think what makes value is to seriously realizing it.

FREE CAMEL(animal)!
FREE CAMEL(cigarette)!

The installation itself is very simple( as you see on the top image of this site).
First, I will “free” a real camel to a gallery from the image/commercial world of CAMEL cigarette.(I will rent a camel for this installation) . Then CAMEL cigarettes are “free” at the site. Thus visitors can smoke free, seeing the real camel at the gallery! (However, considering non-smoking camel lovers and camel himself, smoking is only permitted at the smoking space separated by a window.)

LOCATION
Chiyoda-ku(street smoking prohibited destrict)
Location of the gallery is also important! I am now searching the gallery resides in CHIYODA-ku, where notorious(among smokers) for their low banning smoking on streets. I hope this project provide a part-time oasis for discriminated smokers working around the gallery.


WELCOME TO JOIN!
Not only smokers, but non-smokers, camel lovers, cool art lovers, so on,
Feel FREE to come .
This project is not only about current global situation about "smoking," but about personal freedom and creativity.

I will write here the process of this project-related books, movies, ideas- and this site is a part of this project.

*This site is link free.

see here for installation image

「Free CAMEL プロジェクト」とは? 

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   [Free: (動)~を自由にする、解放する。
      (形)無料の、のびのびした]


"Free CAMEL! プロジェクト"は、「CAMEL」を喫煙歴17年、ラクダ好き&ラクダ似の筆者による、「free」という言葉のもつ2つの意味にかけた、酒の席での冗談のような体感型/参加型アートプロジェクトです。でも、こういう冗談のようなものを本当にやってしまうことに価値が生まれるとも思っています。個人的には久々の展示、徐々に盛り上がってきてます。

展示内容は、トップ画像にもある通りとてもシンプル。
「CAMEL」で知られるラクダを煙草のパッケージから解放し(free)、アートギャラリーに本物のひとこぶラクダを出現させます(*ラクダはレンタルします)。
そして会場では煙草「CAMEL」を無料(free)配布。来場者は、ギャラリーで本物のひとこぶラクダを見ながら煙草を吸い放題!というわけです。ただし、喫煙しないけど「生でラクダは見たい!」という方々のためにも会場は分煙!にします(僕自身、愛煙家ではありますがマナーは守ります)。

ちなみに会場は「路上禁煙」で知られる千代田区の某アートギャラリーを予定中。展示期間中は、喫煙場所に困る近所の皆様にとって、つかの間のオアシスになれば嬉しいです。

ここでは、このプロジェクトの実現へ向けて、喫煙/非喫煙にまつわる話題や、ラクダ情報(笑)などなど書き飛ばしていくつもりです。

喫煙者の方々はもちろん、
煙草を吸わない方も、
全国の(?)ラクダ好きの方々も、
訳の分からないけど興味がある!という方も、
お気軽にお越しください。

展示イメージについてはこちらをご覧ください。

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